大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(特わ)1212号 判決

被告人 国分二郎こと長谷川正男

昭一七・一・二四生 団体役員

主文

被告人を懲役一年に処する。

押収してある保安炎筒一二本(昭和四八年押第一六三二号の三)、保安炎筒のキヤツプ三個(同号の四)、果物ナイフ一本(同号の六)をいずれも没収する。

理由

(被告人の経歴、本件犯行に至る経過等)

被告人は、昭和三四年ころ北海道北見市内の養母である叔母の家を家出して上京し、そのころ、いわゆる政治団体興論社の主幹であつた西山幸雄と知り会い、同人の書生となつたが、同人が昭和三七年に「昭和維新連盟」と称する団体を創設すると同時に同連盟に加入して青年行動隊員となり、同四六年六月ころ右西山の引退で山本峯章が同連盟会長に就任すると同時に同連盟行動隊隊長に昇格し、同四八年一月には同連盟総本部会長代行兼任となつた。ところで右連盟は、東京都新宿区西大久保二丁目一七五番地山水林会館七階に総本部を置き、本件犯行のころは「北方領土回復」および「日本教職員組合(以下「日教組」と略称する。)の偏向教育是正」等をスローガンとする政治運動を行つており、被告人は同連盟の青年行動隊隊長兼会長代行として隊員達を指揮して行動し、左翼団体や警察官等と衝突、摩擦を繰り返しており、同四八年七月一〇日から群馬県前橋市で開催された日教組第四三回定期大会に対してもその約一ヶ月前から行動隊員を派遣する等して、抗議活動をすすめていた。同年一月ころから日教組は絶対に粉砕しなければならないとの考えを持つていた被告人は、同年六月ころに至り右大会開催の際同大会会場を混乱させようと決意したものの、右大会についての警察の警備が厳しく地上からの妨害活動が難しいと予想されたため、回転翼航空機(ヘリコプター)を使用して空から右大会会場上空に至り、低空飛行をして会場周辺にビラ等を投下して会場を混乱させようと考え、右会場周辺に投下する為被告人が責任者となつて「日教組よ反省せよ」等と記載したビラ二、〇〇〇枚の印刷を手配し、ほかに投下用として腐らせて投下する為の生卵約五〇個を購入したものの、七月に入つて生卵より保安炎筒の投下が会場を混乱させるには効果的であると考え、自宅に保管中の保安炎筒一〇数本をビラと共に投下することを決めたが、そのころ被告人は、ヘリコプター内への火薬類の持込が禁止されており、保安炎筒の投下も当然禁止されていると考えるに至り、一方ヘリコプターの飛行に関して航空法等を調べた結果、三〇〇メートル以下での低空飛行が禁止されていることを知り、右のごとき目的ではヘリコプターへの搭乗を拒否されるものと考えたので、右目的を秘し、日教組大会の取材が目的であると偽つてヘリコプターの使用契約を締結したうえで保安炎筒等を隠し持つてヘリコプターに搭乗し、右大会会場の上空に至つた際操縦士から低空飛行および保安炎筒の投下等を拒まれた場合には、同人の腕を拒み、「爆発するぞ」と申向けて保安炎筒を示し、更には果物ナイフを使用する等の暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧し、操縦士をして自己の意のままにヘリコプターを低空飛行させるなどしてヘリコプターの運航を支配し、保安炎筒やビラ等を投下する等によつて右大会会場を混乱させて右大会の続行を阻止しようと決意するに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人は、前述の如く、昭和四八年七月一〇日前橋市において開催される日教組第四三回定期大会会場上空を回転翼航空機(ヘリコプター)に搭乗して低空飛行を行ない、右会場周辺に保安炎筒や多数のビラ等を投下するなどして右大会を混乱させる為に、取材活動を行なうと称してヘリコプターに搭乗したうえ、同市上空を航行し、右大会会場に至つた際、ヘリコプター操縦士に対し、同人の腕を把み、「爆発するぞ」と申し向けて保安炎筒を示し、更には果物ナイフを使用する等の暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧して保安炎筒、ビラ等の投下、垂れ幕の垂下などをする為、法定の最低安全高度である三〇〇メートル以下の低空飛行を行なわせるなど同機の運航を強制してほしいままに航行中の航空機の運航を支配する目的で、

第一  同年七月五日午前一〇時ころ、東京都渋谷区本町一丁目七番一六号東京エアーラインズ株式会社(以下「東京AL」と略称する)において、被告人の輩下である寺井勝彦を介して、同社との間に、取材目的と称し、同月一〇日午前一〇時三〇分同社管理運航のヘリコプターに搭乗して、同都江東区新砂町三丁目東京へリポートから前橋市間を往復する旨の航空機使用契約を予約金一〇万円を支払つて締結し、同月一〇日午前八時ころ、自宅でサラシに巻いた保安炎筒一五本、ビラ一、八二〇枚、果物ナイフ一丁(刃体の長さ約九、五センチメートル)等を布製バツグに入れ、包装紙に包んだ「昭和維新連盟」と墨書した布製垂幕(長さ約五・四メートル、巾約一メートル)一本と共に準備して前記東京へリポートに赴き飛行の手続、給油等飛行準備の完了した豊福太(当時三一年)操縦にかかる右東京AL管理の航空法二条により航空機である回転翼航空機(ヘリコプター)JA七五六〇号(ヒユーズ式二六九C型・操縦席一、客席二のもの)に搭乗しようとし、もつて、暴行もしくは脅迫を用いてほしいままに航行中の航空機の運航を支配する罪の予備をなし、

第二  業務その他正当な理由による場合でないのに、同月一〇日午前一〇時四五分ころ右東京へリポートにおいて、刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物である右果物ナイフ一丁を携帯したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は、ヘリコプター操縦士に対し暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧してヘリコプターの運航を支配しようとする犯意は持つていなかつたので無罪であり、仮りに右犯意があつたとしても、その犯意は現実にヘリコプターを見た瞬間には雲散霧消しており予備罪の中止未遂に該当するのでその刑は減軽せらるべきであると主張するので、この点につき判断すると、前掲各証拠によれば、被告人は、前記「昭和維新連盟」に加入した当時から日教組は偏向教育をなすもので絶対に粉砕しなければならないとの考えから同組合に対し種々の抗議運動を行なつて来たものであること、前記大会の開催当日は、ヘリコプターをいわゆるチヤーターして右大会会場上空に至り低空飛行をして会場周辺に保安炎筒やビラ等を投下し、右会場を混乱させて右大会の続行を不能ならしめようと決意していたこと、その企てを実行する為に判示第一事実の行為を行つたこと、更に、保安炎筒の持込、投下等が法により禁止され、被告人の真の目的が察知されればヘリコプターの操縦士により搭乗を拒否されることを、被告人自身においてもこれを察知していた事実等が認められ、右各事実は、ヘリコプター操縦士が被告人の違法危険な行為を是認しない場合には、同人に対し、暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して右ヘリコプターの運航をほしいままに支配しようとした犯意を推認するにつき有力な証拠であり、加えて、被告人の現行犯逮捕時の供述、司法警察員に対する昭和四八年七月一〇日付供述調書第九項、第一〇項中の供述、検察官に対する同年同月一八日付供述調書第二項中の供述等はいずれも前記外形的事実と合致し、被告人は本件犯行を綿密に計画したうえで実行に着手しその過程においても捜査機関による捜査のための尾行もあり得ることを予想し、当日も尾行を逃れる為にタクシーを乗りかえ、前日には前記連盟関係者に対して置き手紙をしたりするなど逮捕されることも充分予想していたことがうかがえる。従つて、捜査官憲に逮捕されたことが予想外の結果であるとはいえず、又その為に興奮した上での供述であるとも認め難い。以上を総合すれば、本件右犯行における被告人の犯意は容易にこれを認定することができる。

次に、弁護人の前記中止未遂の主張について考えるに、被告人の本件右犯行は、前述によつて明らかのように航空機の強取等の処罰に関する法律一条の罪の予備行為としては既遂に達しており、予備罪においては中止未遂の観念を容れる余地がないばかりか、被告人において、現に右ヘリコプターを見た後においても前記バツク等を持参し所期の計画通り右機内に持ち込もうとしており、捜査官憲によつて逮捕された時においても「どうしても行かせてくれ」と述べている点等に徴すると被告人はヘリコプターへの搭乗直前において逮捕されるまで犯行を中止する意思のなかつたことを窺い知ることができる。更に弁護人は、前記ナイフはりんごをむくために持参していたと主張するが、前述の様な状況下において、数量的にも三個ものりんごを航行中のヘリコプターの狭い機内においてむいて食べることは不自然であり、被告人のその旨に添う供述部分は措信しがたい。前記各証拠によれば、右果物ナイフは右ヘリコプターの操縦士に対して暴行、脅迫する際の犯行に供する目的で所持したものであると認めるのが相当である。以上の次第で、弁護人の右主張はいずれも採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、航空機の強取等の処罰に関する法律三条、一条一項に、判示第二の所為は、銃砲刀剣類所持等取締法二二条、三二条二号にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪の刑につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文但書、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、押収してある保安炎筒一二本(昭和四八年押第一六三二号の三、保安炎筒キヤツプ三個(同号の四)、果物ナイフ一本(同号の六)は判示第一の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、刑法一九条一項二号、二項を適用していずれもこれを没収する。

(量刑事情)

被告人は本件犯行にあたり、約一ヵ月前より綿密な計画を立て、実行に移す為に種々の偽装を重ねたもので、計画的、悪質な犯行であるばかりでなく、被告人の計画通り犯行が実行された場合には、本件ヘリコプターの墜落等により右ヘリコプターの操縦士の生命のみならず、前記大会関係者や付近の一般市民の生命、身体、財産に対する多大な被害が生じる危険性が非常に大きく、又墜落しないまでも多数の人の密集する右大会会場付近を低空飛行し、保安炎筒やビラ等を投下した場合、右大会会場付近は混乱に陥り、関係者のみならず付近一般の市民等多くの人々の生命、身体に危害が及び、更には、右保安炎筒の発火によつて火災発生の危険性もあり、多数の人々に対し、多大の危害を生ぜしめる危険性が大であり、社会に与える影響は重大なものがあるということができる。そもそも航空機の強取等の処罰に関する法律は、航空機強取という犯行が航行中の航空機内という特殊な環境下において行なわれる場合が、そのほとんどで警察力の十分に及ばない航行中の航空機という一種の密室の中で暴行、脅迫が行なわれ、これに抵抗することが著しく困難である為、犯人は比較的容易にその目的を達することができること、これによつて他の乗客および乗務員が監禁状態におかれ、場合によつては遠隔地に連れ去られるだけでなく、又、航行中の航空機内で暴行脅迫行為を行うことによつて、その航空機の安全な運転を著しく脅かし、脅迫状態における航空機の運航によつて不慮の事故が生じる危険も大きく、更に財産上の甚大な損害および航空業務の著しい妨害が生じることなど、これによつて生じる実害および危険には計り知れないものがある為、以上の様な航空機の特殊性を巧みに利用して自己の不法な目的を遂げようとする犯人に対し、厳しい非難を加え、これらの行為を防止し、鎮圧することを目的とするものである。本件ヘリコプターが他の乗客の存在しないいわゆるチヤーターしたヘリコプターであり、被告人は前記目的を達しさえすれば、操縦士およびヘリコプターに更に危害を加えるものでなかつたことが考えられるとしても前述の如き危険性が存在することは疑い得ない。

次に被告人の本件犯行に至る動機を考えるに、弁護人は被告人は、日教組の思想行動を日本の伝統、文化を否定するものと判断し、青少年の教育に害をなすものと考えたところから、日本国の将来の為に、その活動を阻止しようとした純粋な思想上の動機から発したものである旨主張するが、自らの主義主張と相容れないからといつて合法的な組織や団体に対し、その存在を否定し、実力をもつてその解体を行なおうとすることは、何事も暴力に訴えて解決しようとする現代の一部の風潮はあるも日本の伝統、文化とはおよそあい容れないものであり、民主主義のルールを否定するもので、健全な社会の発展成長の為にも厳に戒めなければならない。

更に本件犯行は、一家の主として妻の出産を真近に控える立場にありながら妻子等の生活の世話を考えようとしない点一家の主としての責任感や自覚にも欠けるところがある。

加えて、ここ数年来急激に増加しつつあるこの種犯罪に対する一般的予防も無視しえない点等一切の情状を考慮すれば、本件は刑の執行を猶予しうる事案とは考えられず、主文掲記の実刑をもつて臨むことが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

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